関市の明淳寺さんにて、東陽組の連研。「葬儀や法事は何のためにするのですか」

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1日の夕方は、関市の明淳寺さんへ。
今月も、東陽組の連研にお出かけしてきました。
2回目の話し合い法座のテーマは、「葬儀や法事は何のためにするのですか」となります。
「先祖の供養のためではなく、残された私が仏法をお聞かせいただくためです」という、僧侶の思いを最初にお話しした後、
「そうは言っても、ご先祖様に手を合わせるんでしょ?」
「私の思いを届けるためにお参りするんでしょ?」
という、ホンネを出し合っていただくような話し合いをお願い致しました。

2班に分かれての班別話し合いでは、思い思いに語り合っていただく中で、
とても印象的なご意見のひとつが、
「たくさんの人が集まるときは、女性は大抵裏方に回らなければなりません。
葬儀の時にも、あれこれと走り回っていて、落ち着いて悲しむ時間もゆとりもありませんでした。
残された私のための葬儀といわれても、そんな余裕も受け止めもできなかったと思います。」
悲しむヒマもなかったです、というこのご意見、本当にそうなんだなあと思います。
「仏法を聞くご縁です」といいながら、ご遺族、特に女性に対して、大変なことを押しつけてきていなかっただろうか。
非常に大きな気付きをいただきました。

「先立ったあなたのことは、これからも忘れることはありませんよ。」
大切な方とのお別れを通して、私の思いを亡き人に届けていくと同時に、
「悲しみを抱えたこの私を願って下さる大きなはたらきがすでに届けられていた。」
そんな願いを聞かせていただくご縁が、葬儀や法事なのでしょうね。
私たち一人一人が、自分のいのちのありように気付かせていただく尊いご縁として、葬儀や法事を受け止めていきたい。
そんな思いを参加者にお伝えして、2回目の話し合い法座を閉じました。

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