黒野組の報恩講に出講。岐阜市岩利の正蓮寺さんへ。

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29日は、岐阜市岩利の正蓮寺さんへおでかけ。
黒野組の報恩講のご縁です。
お寺単独ではなく、組で会場を持ち回りにして、報恩講をおつとめしておられます。
今回は、正蓮寺さんが会場となり、法中や、門徒推進員さんが中心となって、このご法座を開催してくださいました。

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ご住職の鷲岡さんとは、岐阜別院の研修会でいつもお会いする間柄なのですが、
お寺さんにご縁をいただくのは、実は初めてなんです。
道路の交差点ごとに「黒野組報恩講会場」という案内をいただきながら、お寺まで伺いました。
晩秋の紅葉に囲まれた、素晴らしい雰囲気のお寺さんでした。
お参り下さるご門徒さんも、嬉しそうにお寺に入って行かれる雰囲気が、とても暖かく感じられました。
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まずは、組内の若手布教使さん、藤村紫園さんのご法話をお聴聞。
とても落ち着いた雰囲気の中で、高僧和讃のなか、曇鸞大師讃を引かれて、
安楽仏国にいたるには
無上宝珠の名号と
真実信心ひとつにて
無別道故とときたまふ
の、無別道故についてお取り次ぎくださいました。
ご自身が、法務員としていろんなお寺でお手伝いをされていた経験も踏まえながら、お念仏の道を歩むことの尊さをお話しくださいました。
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休憩の際には、お参りの皆さんへ、おときのお振る舞い。
威徳煮(いとくに)、あるいは従兄弟煮(いとこに)、という言い方があるようです。
小豆粥のなかに、里芋とカボチャが入っていて、とてもホッとする、あたたかい味付けのおときですね。
お参り下さった僧俗共に、ありがたく頂戴いたしました。
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その後、今度は私からのお取り次ぎ。
「拝読 浄土真宗のみ教え」の中から、「浄土への人生」というところを一緒に味わいました。
自分中心のものさしで生きている私であるけれども、その私の足もとを支えて下さる阿弥陀様のはたらきを聞かせていただくことで、
少しずつ、自分が握りしめていた自分中心のものさしを手放し、阿弥陀様の支えをよりどころとしていく生き方へ転じられていく。
掴んだ手を離していくそのままが、阿弥陀様の支えをよりどころとする「安心」の生き方へ。
そこに、私の安心をいただいていく世界があるのだ、とお取り次ぎいたしました。

「掴んだ手を離す」というのは、言うのは簡単だけれど、実際に自分がするのはこれほど困難なことはありません。
手を離せ、とは言われないけれど、手を離してもいいんだよ、安心していいんだよ、というのが、阿弥陀様の喚び声なのでしょう。
だから、自分や他人を裁くことなく、御同朋の生き方をめざしていく人生が開かれてくるんですよね。
そのことを、私自身も再確認することができた、尊いご法縁でした。
ご縁をいただいた皆さん、ありがとうございました。

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