飛騨組のれんけん開催。10回目の話し合い法座は、林史樹講師をお招きして、「非戦・平和について」。

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28日は、飛騨組第6期れんけん、10回目の話し合い法座となります。
飛騨市古川町の円光寺さんに、受講者とスタッフが集まりました。
夕食のあと、お勤めをして、話し合い法座に入ります。
今回は、連研ノートE問いの10、「非戦・平和について」のご法座。
ご講師は、髙岡教区伏木組 要願寺ご住職の、林史樹講師にお越しいただきました。
前回の、第5期れんけんでも、ご講師としてお越しいただいてます。
いつもの回よりも、長時間の時間設定を取って、話し合い法座の問題提起をお願いしました。
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事前にスタッフ会議で打合せ済みのスタッフは、林さんの思いを2回目お聞かせいただきます。
参加者は、レジュメを見ながら、ほとんど初めて聞かされるお話。
私たちの本願寺教団が、70年前に敗戦を迎えるまでに、どのような教義を説き、どのような行動をし、どのような運動を展開したのか。
まずは、そのことを事実として知っていただくことがスタートです。
その上で、念仏者である私は、どのような生き方をしていくのか。
そういう流れで、問題提起をしていただきました。
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班別話し合いでは、「こんな話しは初めて聞いた。」「ちょっとショックだった。」というご意見が多数。
その上で、ご自身の問題として、それぞれの参加者が思いを語ってくださいました。
もしかしたら、お寺のご法座でこういうテーマの話し合いをされるのは、初めての経験かも知れません。
それでも、参加者の皆さんは、自身の問題として真摯に話し合いをして下さいました。
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 まとめのご法座では、林史樹講師から、熱い思いを込めたお話をいただきました。
どんな時代でも、あの時は仕方なかった、しょうがなかった、という受け止めはできるのかも知れない。
でも、私はこれから数年後、一年後、いや半年後、「あのときは仕方なかったんだ」という受け止めをしたくないのです。
そのために、過去の事実を、事実として知ることが大切なのです。
同時に、問いの立て方も重要になります。
「敵に攻めてこられたらどうするんだ?どうやって身を守るんだ?」
被害者としての立場だけではなく、自分が加害者になることだってあるのではないですか?
「時と場合によっては、他者を傷つけ、命を奪いかねない私がここにいるのではないか?」
そう問われたときに、戦争や平和という問題は、自分の内面にある問題でありながら、社会に関わる自分自身の立ち位置が問われる問題であると気付かされるのです。
一番大切なのは、被害者や加害者にならないような、自分の立ち位置をどうやって社会で確立していくのか。
争いをおこさなくてもいい、全体のために一部のいのちを犠牲にしなくてもいい生き方を、どのようにめざし、確立していくのか。
そこを大切にしていくことで、「あの時は仕方なかった」という後悔をしなくてもいい生き方がめざせるのではないか。
そんなお話をいただきました。
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過去を学ぶ、とは、事実を事実として受け止めること。
過去に学ぶ、とは、私の生きる方向性を定めていくこと。
そのことを、今回のれんけんで私も再確認しました。
林史樹講師、ありがとうございました。(*^_^*)

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