飛騨組連研、話し合い法座を開催。講師は、高岡の城野さん。

神通寺のベランダにも、秋の風物詩、干し柿が並びました。
天日に干されて、美味しい干し柿になるのですね。
「渋柿の 渋がそのまま 甘みかな」
お日様のお育てと、阿弥陀さまのお慈悲のお育てを重ねて味わうと、深い響きが感じられます。

そんな中、神通寺で、飛騨組の連研が開催されました。
隔月で、連続12回、2年間かけて行われる話し合い法座。
今回が10回目、もう終盤へと入りました。

ご講師でお越し下さったのは、髙岡教区の、城野至界さん。
今回の話し合いのテーマは「非戦・平和」となります。
本願寺が毎年9月18日におつとめしている、「千鳥ヶ淵全戦没者追悼法要」のことに触れながら、全ての戦没者を追悼するということの意味を通して、私たちの生き方について考えました。

問題提起の中で、すごく考えさせられたのは、最近ニュースで話題になっている「あおり運転」の喩え。
あおっている方は、「スピードを出すことが正義」というモノサシを握りしめ、あおられている方は「制限速度を守ることが正義」というモノサシを握りしめている。
お互いの正義をぶつけ合いながら、相手を悪者にして、争いが起きているというありようを通して、「私にとっての平和とは何か。戦争をなくすためにはどうすれば良いのか。」ということについて、話し合っていただきました。
皆さん、他人事ではなく、我がこととして話し合っていただけたように思います。

「必ず救う。我にまかせよ。」
阿弥陀様の願いから明らかにされるのは、自己中心性を抱えている、偽らざる私のありようです。
その私を救うという、お慈悲のはたらきにであった私は、どのような生き方をめざしていくのでしょうか。
そのことを、今回の話し合い法座を通して、一緒に聞かせていただきました。

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